働くことにも学ぶことにも希望を失った若者が増えているのは、日本だけじゃない。イギリスでは、教育、雇用、職業訓練の、いずれ
もしない若者を、「NEET(ニート)」と呼んでいる。 ニートとは、Not
in Education, Employment , or Training の頭文字をとった言葉だ。
1999年にイギリスの内閣府が作成した“Bridging the Gap”という調査報告書によって、ニートの存在は広く知られるようになった。16
歳から18歳の青年に限っても、じつに9パーセント、数にして16.1
万人が毎年ニートになっていると、報告
したからだ。
報告書はデータにもとづく綿密な調査と共に、イギリス(正確にはイングランド)に生きる多数の若者から直接話を聞き、その状況を
つぶさに調べあげた。報告書を作成したのは、内閣府の中でも「社会的排除防止局(Social
Exclusion Unit))という部局だっ
た。1997年にブレア労働党政権の成立をきっかけに設けられたこの部局の名前、「社会的
な排除」という認識は、ニート問題の深刻さを物語っている。
イギリスで、ニートで注目されはじめるのが、なぜ「16歳」からなのだろうか。
義務教育を終えた直後の16歳は、無業や犯罪といった状況に陥るかどうかの1つの分岐点と理解されている。報告書によれば、16
歳で学校を卒業した直後の5人に1人はすでにニートとなっている。16歳のときニートであった人々の四割以上は、18歳でもニートであり、21歳以上に
なったときも、教育や訓練を受ける機会は絶望的に少ない。“Bridging
the Gap” およびイギリスの若年政策にく
わしい沖田敏恵(おきた・としえ)さんの研究などから、イギリスのニートの現状をとらえると、ニートには、次のような特徴が浮かびあがってくる。
まずニートにあるのは、将来見通しについての限りない希望のなさと、状況を転換することの困難さだ。 ニートの日常の多くは、昼
過ぎまで寝て、日常はぼんやりテレビを見たり、ときには夜まで「ぶらぶら」したりといった生活を繰り返している。そんなニートの少年には、10代での薬物やアルコール乱用、窃盗、ホームレス化などが少なからずみられる。女性がニートになったとき、状況は、男性以上に苦し
い。 10代で母親になった3人に1人は、ニート経験者と、調査は報告する。
16歳から18歳で何もしなかったニートは、21歳の時点でも、失業している確率がきわめて高い。ニートは、成人後も、犯罪加害
者となったり、うつ状態または身体的に不健康な状態にも陥りやすい。そんな状況が、ニートから社会参加の機会をさらに遠ざけていく。
ニートの問題は少年時代だけにとどまらない。将来的、長期的には、教育、訓練への不参加が慢性的となるため、就業の見込みが限り
なく低い失業者となったり、慢性的な生活保護の対象になる。 それは、個人の生活が困難になるだけでなく、長期的には多大な社会負担になっていく。イギリ
スでは、ニートへの国家の財政支出が、とてつもなく膨大な金額になるという矛盾が、現実にある。
イギリスのニートを物語る、象徴的な表現がある。「かなりの数にのぼる少数
派(シグニフィカント・マイノリティー;significant
minority) )という言葉だ。 ニート
は、本人や周囲の人間だけにふりかかる個人的な問題だけじゃない。 安寧に生きる大多数にとってみれば、ニートは奇異な存在にしか見えない。しかし、社会
から排除され、社会に加わることを著しく困難と感じているニートは、少数派ではあるが、社会の将来に対する不安定要因となるかもしれないというインパクト
は、すでに無視できないほど大きな存在になっている。 |